行政書士と遺言書
行政書士の業務の一つに「遺言書の作成手続きのサポート」があります。
遺言書の作成と聞くと、行政書士が直接文面を作成するイメージを持たれるかもしれませんが、実際には、遺言書の種類によって対応が異なります。
遺言書には大きく分けて「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります。前者はご本人が自ら書き記すものであり、後者は公証役場で公証人が作成するものです。つまり、行政書士が遺言書の文面を直接書くということはほとんどなく、主に遺言書を作成する方の相談に乗り、適切な形で遺言を残せるようサポートすることが業務の中心となります。
一般的な遺言書のイメージ
さて、遺言書と聞くと、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか?
おそらく、多くの方がドラマや映画の影響で、「大富豪が遺言書を残し、それを巡って親族が骨肉の争いを繰り広げる」といったシーンを思い浮かべるかもしれません。遺言書が、争いの火種になるというイメージですね。確かにフィクションの世界ではそうした展開が多く見られます。
しかし、実際の遺言書はその真逆とも言える存在です。
遺言書は、むしろ「争いを回避するために作成するもの」なのです。
実際の活用
例えば、相続の場面では財産の分け方が原因でトラブルが生じることがよくあります。財産が現金と不動産に分かれている場合、「思い出のある土地だから不動産を引き継ぎたい」と考える人もいれば、「不動産の管理が面倒だから、売却して現金で分けてほしい」と望む人もいるでしょう。こうした価値観の違いから、相続人同士が対立することも珍しくありません。
遺言書があれば、財産の分け方をあらかじめ決めておくことができます。 たとえば、「この不動産は先祖代々の土地なので長男に継がせる。ただし、次女にはその代わりに預金や株式を相応の額で相続させる」といった形で、遺産の分配を明確にすることができます。特に事業を営んでいる方にとっては、個人名義の財産(会社の株式など)が事業承継に大きく影響するため、適切に遺言を残しておくことがとても重要になります。
実際の活用ー事業者さん向け
遺言書の内容を具体的に指定することの、さらに一歩進んだ実際的な活用として、事業を営んでいる方 にとっての影響は非常に大きなものになります。
例えば、会社を経営している方で、自分がその会社の株式を保有しているケース――特に家族経営の会社などでは、この 株式が誰に相続されるか というのは、会社の承継を考える上で非常に重要な要素です。
相続は法律上、基本的に 法定相続分に従って等分される ことになります。
つまり、遺言書がないと、社長が持っていた株式が法定相続人の間で分割されることになり、結果として 筆頭株主が分散 してしまう可能性があるのです。
当然ながら、会社における 株式の割合 は、社長を決める際の 決定権 に大きく影響を与えます。
もし、株式が分散してしまうと「会社を誰が継ぐのか」が不明確になり、経営の安定性が揺らぐ ことにもなりかねません。
そうした混乱を防ぐためにも、 「この株式は誰に相続させるのか」 をしっかりと決め、遺言書に記しておくことが、事業承継の成功には欠かせません。
また、個人で事業を営んでいる方の場合も同様に注意が必要です。
会社の資産や事務所が法人名義になっていれば問題は少ないですが、事業主自身の所有物として管理している場合 も意外と多いものです。
たとえば、事務所や営業所を 事業主の個人所有 にしているケース。
この場合、相続が発生すると 事務所の持ち主が変わる ことになります。
ここで問題になるのが、許認可の関係です。
多くの業種では、営業所の 所有者 や 使用許可を出している人物 が誰であるかが、営業の許可条件に関わってくることがあります。
たとえば、私たち行政書士の 事務所登録 も、営業所の適切な使用権限が求められるもののひとつです。
もし相続後に、新しい持ち主が「この事務所を売却する」「別の用途に使う」といった判断をすると、事業の継続に支障をきたす恐れがあります。
最悪の場合、許可を維持できなくなり 事業の継続が難しくなる ことも考えられます。
もちろん、事前の策として 法人名義で所有する のが最も手堅い方法ではあります。
しかし、現実には法人名義にしていないケースも多く、気がつけば 「個人名義のまま相続の問題に直面する」 という状況になりがちです。
そうした場合の対策として、やはり 遺言書を活用する のがひとつの手です。
遺言書を作成し、必要な財産を事業の継続に適した形で受け継がせる ことによって、事業承継のリスクを軽減することができます。
「うちは大丈夫」ーほんとうに?
少し不安を煽るような言い方になってしまい恐縮しますが、相続について考える際によく耳にする言葉のひとつに 「うちは大丈夫」 というものがあります。
「家族仲がいいから、相続のときもきっと円満に話し合えるはず」と、そう考えて遺言書を用意しない方も少なくありません。
ところが、実際に相続を迎える際には、思いもよらない要素が絡んでくることがあります。
たとえば、兄弟姉妹同士の仲は良好だったとしても、その配偶者の考えはどうでしょうか?
また、相続が発生したタイミングで、それぞれの生活環境や経済状況はどうなっているでしょうか?
仕事の事情、家庭の事情、お子さんの数や教育費の負担、住宅ローンなど、その時々の「ちょっとした事情のズレ」が意外と大きな影響を及ぼすこともあるのです。
少し言いにくい話ですが、たとえば「兄弟同士は仲がいいけれど、配偶者さんが強く意見を主張するケース」というのも、よく聞く話です。
相続に直接関わるのは兄弟姉妹でも、その背後には家族の意向や事情があり、本人だけでなく配偶者の意見も少なからず影響を及ぼします。
実際、相続人である兄弟のうちの一人は「等分で分けよう」と考えていたとしても、配偶者から「生活の負担を考えたら、もう少し多くもらうべきでは?」と促されるケースもあります。
本人は穏やかに解決したくても、家族の事情が絡むことで「もう少し多めに」といった希望が出てくることは決して珍しくありません。
そうなると、結果的に相続人である兄弟姉妹に負担がかかってしまい、もともとは円満だったはずの関係に微妙な亀裂が入ることもあり得るのです。
そう考えると、最初から 「遺言書で等分と明確に決めておく」 ことには大きな意味があります。
遺言書があれば、兄弟姉妹はもちろん、配偶者やそのほかの家族にも余計な負担や迷いを与えず、スムーズに手続きを進めることができます。
「家族仲がいいから大丈夫」と思っている方ほど、ぜひ一度、 「本当にそうだろうか?」 と立ち止まって考えてみていただきたいのです。
あんまり知られていない「執行者」
また、遺言書には「遺言執行者」を指定することができます。
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために手続きを行う人のことです。たとえば、銀行口座の解約手続きや、不動産の名義変更などを進める役割を担います。通常、相続人の中から指定することもできますが、弁護士や司法書士、行政書士といった専門家を選ぶことも可能です。
専門家を指定することで、相続手続きに慣れていないご家族の負担を減らすことができるというメリットがあります。もちろん、専門家に依頼する場合は報酬が発生しますが、「手続きをスムーズに進められる」という点を考えると、大きな安心につながるでしょう。
おわりに
遺言書を作成することは、自分自身の死後の準備をすることでもあるため、どうしても気が進まないという方も多いかもしれません。しかし、今のうちにしっかりと考え、準備をしておくことで、残された家族が余計なトラブルに巻き込まれるのを防ぐことができます。財産を遺す側として「自分の大切な人たちに余計な心配をさせたくない」と思うのであれば、一度しっかりと向き合ってみるのも大切なことではないでしょうか。
遺言書は、「争いを避けるための思いやり」として活用できる大切なツールです。必要だと感じたら、ぜひ専門家に相談しながら、最適な形で準備を進めてみてください。
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